PR03 冊子・雑誌ほか
雑誌『風の旅人』表紙 ユーラシア旅行社



















素晴らしい写真に出会って心を奪われた時に感じることに、「懐かしい」というのがあります。これは私だけではないのではと思っています。自分が行ったこと のない場所。経験したこのない出来事。出会ったことのない人達。それらはみな他人の経験なのですが、何故か身体が喜んだり、震えたりする。空気感や手触り まで感じることがあります。自分のわずか数十年のほそぼそとした記憶をたどっても、どこで出会っているのか確認できない「それ」は私が勝手にイメージや記 憶を捏造してるのだろうか? きっと記憶の奥底にはさらに深い記憶の樹のようなものがあって、沢山の果実が実っている。そこから漂ってくる香りのようなものじゃないだろうか、という思 いがあります。例えば、系統樹には地面の下にそれを逆さまにした世界があって、地上の大きさの何倍も根がある。おぎゃあと産まれた産道を逆様になってた どって行けば、「私」以前の「私達」に出会うことも出来るかも知れない。
邪気のない赤ん坊のように向かえたら、その赤子が自分の来た道を辿ることができたら、豊かな記憶に身体を浸すことが出来るのだろうと。
人間になるというこは図らずも「それ」を捨てる歴史なのかも知れません。それでも「それ」は残っているに違いないと信じています。体内に消えない波や音や匂いとして。私は「それ」を「Something」と勝手に名付けて、大事にしようと思うようになりました。
良い写真というのは、そういう何かを捉えているのではないでしょうか?あるいは写真家は「Something」に導かれるようにある場所に旅し、とある人に出会うのでしょうか?
創刊号のデザインは書名ロゴから始めました。企画書にあった「日本発の・・」を読みながら浮かんだのが、昔から大好きな良寬和尚の「風」の字。良寬の字で 作ったロゴが受け入れられた時に、デザインの道筋が見えてきました。良寬の書は漢字を書いても、かなに見える。草の文化としての日本性を良く表していて、 ほっそりしていてもしなやかな芯を持っています。そして何より優しい。子ども好きだった良寬の書に向かって邪気を捨て天真になってこの本に向かってくれた ら、きっと「Somethinng」は降りてくる。そう信じるようになりました。紙面づくりのコンセプトもそれで一気にまとまり、内容の表現方法を考える というより、いかに読者に真っ白な心持ちで向かってもらうか。そういう場所つくりに腐心しました。合理的なグリッドフォーマットは作らずに写真とテキスト にあった自由で、風通しの良い空間作りを心がけました。毎号、掃除を欠かさなかったという感じです。湿った部屋は窓を開け、乾いた所には水をまき草取りも する。時には庭造りもする。そんな事を繰り返していたようです。